奥出研究室ORF2006を終えて(超長文です)
今回の奥出研ORFを終えた雑感・メモなどを整理する意味で残しておきます。もしかしたら、後から振り返って変わったりするかもしれませんが、とりあえずORF翌々日時点のお話として残しておきます。また、来年いわゆる「奥出研ORFのプロデューサー」になる人に残すメモになるかもしれません。まあいいや、とりあえず書いてみますね。

・今年は六本木ではなく丸の内で行われた
昨年まで六本木ヒルズで行われていたORFが今年は丸の内での開催となりました。このことは奥出研ORFにとってもかなり大きな影響を与えました。今回のORF全体が成功だったのか、失敗だったのかについての私見はここでは論じる必要はないと思っていますが、残念ながら自分のまわりの身内、友達、大学関係者などの中では、「今年のORFよかったね」と言っている人は1人もいませんでした。
今回のORFは去年までのそれとはまったく異なり、何もかもが1から設定され、そして、その運営が非常に難しいものでした。実際、奥出研が使用できるスペースも昨年までにくらべかなり制限され、またブース設置に関する制約もたいへん多いという状況で、昨年までの姿勢では太刀打ちできないことを夏前には覚悟していました。

・過去のイメージによる呪縛と現在起きている混とんとした状況
しかし、大きな変化が起きていることを研究室でプレゼンしたり、皆に話したり、あれやこれやと伝えるのですが、多くの人(昨年までのORFを知っている人)が「理屈ではわかっている」けど「やはり昨年までのORFのイメージが強烈」だからまあ今年もとりあえず同じノリで構えていよう、といった感じだったことでしょう。
また、奥出研の研究や方向性自体も毎年大きく変わっています。そして、今年は特に迷いがある時期であったとも思います。手元に収まるような小さなものだけでなく、人々の経験が豊かになる場所そのものや空間をデザインする? いったいどういうことだ? と、研究室の中でも戸惑いが多く聞かれました。今年奥出研で活躍した作品は大掛かりなセットが必要であったり、場所の意味に深く突っ込んだものであったり、色々な場所を動き回るようなものであったりと、大きさもコンセプトも幅が広過ぎて、これらを生かしてイベントを成り立たせるのは極めて難しくなってきた印象がありました。これからどう進むのか、という迷い、と現実に目の前にあるでき上がった作品たちを生かす難しさ、この両方が混とんと交わっていたように思います。
展示の準備やORFに望むための各班のメンバーや研究会の人たちから、しばしば「ORFというのは○○なものでしょ?」「去年までは○○だったよね?」「なんだ今年は○○しないのか」「どうしてこんなにスペース小さいの?」・・・などという声が聞かれました。僕が実力あるプロデューサーであったら、もう少し、言葉巧みにそれらの意見に適切な弁明ができたのでしょうが、面倒に感じてしまったり、イライラしてしまったりと、最後まであまり適切な対応ができなかった気がします。

・じゃあ奥出研ORFプロデューサーはどうだったの?
それなら、「おまえは過去のイメージに引きずられないで、まったく1から奥出研ORFを取り仕切ったのか?」と言われると、これは完全にNOなわけで、むしろこの迷っている感じ、ごたごたしている感じ、イライラする感じがそのまま出ていたように思います。
研究室の皆さんにとっては混乱するだけで迷惑だったかもしれませんが、僕は最初からこのORFで今の奥出研の混とんとした感じ、これからどうなっていくんだろう?という期待感と、これからどうなっちゃうんだろう?という不安感、その他もろもろが入り交じっている感じをそのまま表現したかったのです。今回のORFは実際にそんな感じの展示だったのではないでしょうか。と、言いながら、最後まで僕自身が迷いながらやっていたのは非常にマイナスだったと反省しています。混とんとしている感じをそのまま出すのと、プロデューサーが混とんとしたままうだうだしているのでは違いますよね。
おそらく来年もこの種の混とんとした迷いが多く存在すると思います。まず、90%以上、今年と同じ形式でORFが行われることはないでしょう。場所はどうなるかわかりませんが、少なくとも今年と全く同じ条件で行われることはないでしょう。また、99%言えるのは来年の今ごろ、奥出研で活躍している作品は今あるものと異なります。また、奥出研の方向性や、人間関係も変わっているでしょう。もしかしたら、今年以上に複雑なのかもしれません。そして、今年や昨年、一作年と同じように考えることはまず出来ないと思います。
・ORFを動かす力とプロジェクトを動かす力
研究室では普段から3〜5人のスモールチームでモノづくりに取り組んでいますが、ORFではかなり大きなチームを動かすことになります。何かを作りあげるという意味では同じなのかもしれませんが、実際には頭の使い方が全然違うように思います。非常に曖昧な表現なのですが疲れ方が全然違うのです。
この頭の使い方のお話、プロデューサーの人間性によるものが大きくあるのではないでしょうか。例えば、一昨年の奥出研ORFを仕切った菅野さんなどに聞くと、自分とは全然違う思想で臨んでいたんだなと実感します。この辺は非常に曖昧かつこれまた混とんとした話になってしまうのでここでだらだら書くのはやめておきます。あえて一点だけ要素を残すとするなら、O型とA型の違いでしょうか。おいおい、ここで血液型の話かよ?って感じですが、昨年のプロデューサー臼井君、一昨年のプロデューサー菅野さんはO型です。(別にO型だからまったく同じ種類の人間だとは思っていません)ちなみにその前の年の松本さんはB型です。で、予想がつくかと思いますが、僕はA型ですね。Oが入ってないAA型ってやつです。血液型の違いってよりも、(実際に知っている人は)この4人の性格を思いうかべてもらえればなんとなく伝わるかと思います。そして、人によって頭の使い方、疲れ方が全部違うように思います。
プロデューサーに限った話ではありません。研究室の中にも色々な人間がいます。そして、その顔触れ、役どころも毎年変わっています。それぞれの人間に特色があって、得手不得手があって、これまた混とんとしています。この事実を楽しめる人間になれれば僕自身もこういうビッグチームを率いることにワクワクできるようになるのかもしれません。この混とんとしているからこそ持つ「可能性」をポジティブに捉えられなかった自分は本当にまだまだ未熟だなと、ORFが終わった今痛感しています。

・KMDブースとは何だったのか
今回のORFで、僕は奥出研ブースの統括者であったのと同時に、丸ビル1階に設置された、KEIO MEDIA DESIGN(KMD)の統合ブースの統括メンバーの1人でもありました。この話は、また奥出研ORFと全く違う性格を持つ話でもあるので、ここでだらんだらん書くのはやめます。ひとつだけ感想を残すとすれば、この手の企画は責任を特定の人に置いたり、仕事をたらい回しにしているようではいつまでたっても成熟しないと思います。KMDに属する人(少なくとも各研究室のリーダー格の人たち)がみな何らかの責任感と誠意を持ってとりくむようになれば、それほど難しくはないと思います。

・終わりに
だんだん書き疲れてきたので、ちょっと息切れ気味ですがこの辺でこのお話を終わりにしようと思います。今年のORFを作ってくれた奥出研のメンバー、色々難儀するところや不満な場面も多かったと思いますが、本当にありがとうございました。準備や片づけ、事務作業といった裏方の仕事への感謝はもちろんなのですが、ORFの2日間、あれだけ真剣に、心から自分の研究室を紹介しよう、社会に出していこうという姿勢を見せていたのは奥出研だけだったとあえていい切ります。それはブースの大きさとかかけた費用とか、作ったモノとか、どれだけスポンサーを獲得したとか、そういう形式的なところではなく、あそこに立っていた(中には正座していた)メンバーひとりひとりの目つき、表情を見て、そう思ったからです。そういう人たちはきっといいモノを作れると思います。